●被相続人は、貸金の連帯保証をしたとして、保証債務の履行を求める訴えを提起され、第一審は被相続人が全面敗訴しました。 ●被相続人は、判決言渡後、判決正本送達前に死亡しました。 ●被相続人の子である相続人らは、被相続人の死亡後一年近くを経過してから、受継決定(裁判の再開)と全面敗訴の判決正本の送達を受けて、被相続人が訴えられていること及び被相続人の保証債務の存在を知りました。 ●相続人らが被相続人の死亡の事実と自己が相続人であることは、すでに知っていました。 ●相続人らは、控訴の手続をすると共に、相続放棄の申述をしたところ、申述が受理されました。 ●相続放棄の申述は、被相続人の死亡と自己が相続人であることを知って3か月を超過しているが、保証債務の存在を知ってからは3か月以内です。 ●控訴審では相続放棄の申述が有効か否かが争点となりました。 |
被相続人や相続人らの生活状況は、以下の通りでした。
●被相続人が定職に就かず、ギャンブルに熱中し、酒を飲んではその妻、相続人らに暴力を振るうため、いさかいが絶えず、妻及び相続人らは、次々と相次いで家出をし、以後、被相続人と相続人らとの間には親子の交渉は全く途絶えていた。 ●妻とは家出の約三年後に協議離婚は成立しました。 従って、この妻は相続人ではありません。 ●被相続人は、生活保護を受けながら独りで生活していましたが、裁判中に入院し、死亡しました。 ●本件の連帯保証契約は、相続人らが家出後10年を経過して締結されています。 ●相続人の1人は民生委員の連絡で被相続人の入院を知り、数回見舞いをし臨終にも立ち会いました。しかし、被相続人から遺産についての説明を受けたこともなく、本件訴訟のことも聞いていませんでした。 ●相続すべき積極財産は全くなく、被相続人の葬儀も行われず、遺骨も寺に預けられました。 ●他の相続人らも被相続人の死亡の事実を知らされただけで、相続人らは、相続に関し何らかの手続をとる必要があることは全く念頭にありませんでした。 |
●控訴審は、相続放棄の申述を有効であると判断し、債権者の請求を棄却しました。 ●債権者は、さらに最高裁に上告しました。 |
●すると、 最高裁は次の判示をして債権者の上告を棄却したのです。
「民法九一五条一項本文が相続人に対し、単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、・・・・・・・・から、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知った時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知った場合であっても、右各事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、・・・・・・・・熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。」 |
この事例を以下の通り、整理してみます。
判例文 |
具体的事情 |
1.被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、
2.かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、
相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには |
被相続人は、生活保護を受けながら独りで生活。 被相続人から遺産についての説明を受けたこともなく、本件訴訟のことも聞いていませんでした。相続すべき積極財産は全くない
被相続人が定職に就かず、ギャンブルに熱中し、酒を飲んではその妻、相続人らに暴力を振るうため、いさかいが絶えず、妻及び相続人らは、次々と相次いで家出をし、以後、被相続人と相続人らとの間には親子の交渉は全く途絶えていた。
被相続人の死亡の事実を知らされただけで、相続人らは、相続に関し何らかの手続をとる必要があることは全く念頭にありませんでした |
上記表の左欄は、最高裁の判断です。右欄の具体的事情は、最高裁の判断に対応すると私が考えるこの事件の事情です。
判決文の
「1.相続財産が全く存在しないと信じた」とは、具体的事情では、被相続人が生活保護を受け、同人から遺産や訴訟について聞いていないのであれば、通常、相続財産は全くないと信じてもやむを得ないと思います。
「2.当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情」に相当するものとして、定職に就かず、ギャンブルにおぼれ、いさかいが絶えず、みんな家出をして、親子関係を絶ったという事情では、上記の事情(生活保護受給、遺産の報告なし)をも加味すれば、相続財産の調査を期待するのは、甚だ困難だと言えると思います。
そうすると、結論としては3か月を超過する申立には、相当な理由があると判断されたとみることができるのです。